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「無事故」と「無違反」の関連性や如何に!?

世間での受け止められ方、国が定めた本質的な基準・・。
各々比較しつつよ~く冷静に目を凝らし考えゆくと、この制度自体の概念というのが
実は確固たるものではなく、実に曖昧性のある制度だってことが浮き彫りになると思われ・・。

【過去5年間に無事故・無違反の優良運転手に交付される】

はてさて、一見して何の問題もない理屈のように見えるが・・
実のところ、この「優良運転手」という基準や概念そのものに、落とし穴が潜んでいると。
そして「無事故」という項目と、「無違反」という項目がセットになっている所が歪なんですなあ。

どちらを先にしてもいいんだけど、無事故であることがすべからく無違反であることを示す、
担保するものとは言えない・・逆に、無違反であることが無事故を担保するとは言えないわけで。

「事故」の概念性で考えると、自損事故もあればもらい事故もある。
明確な違反が原因ではない場合、警察による行政措置としては
交通違反」による事故とは認定されない・・ということになり、
この時点で「無事故扱い」に分類されると思うが・・。
(厳密には負傷や死亡の分類も加わるので、内容により異なる場合もあるかもしれないが)

但し、その原因を密に突き詰めた時、完璧な運転状態にあったにもかかわらず
事故に遭遇してしまった・・とは必ずしも言えない場合があると思うわけで。

ほんの一瞬別な所へ視線を動かした、同乗者とのお喋りに夢中になってハンドル操作を誤った・・
これにより路外へ転落も、幸いにして大きな怪我もなく、誰も巻き込まずに済んだ・・。

結局、行政処置の中では自損事故と扱われただけで、運転者の安全資質として考えた場合、
「優良なドライバー」とは言い切れないわけで。
極端な話ではあるけれど、この手の事故を5年間の間に複数回起こしていれば、
間違いなく「優良」とは言えなくなると。

また、用もないのに夜中にフラフラと車で走り回っていた際、
暗がりの危険な道路でもらい事故に遭った・・

直接的な事故原因としては、過失割合の多い相手方によってもたらされた事故・・
と処理出来るが、間接的かつ安全概念としての広義で観るならば、
用もないのにそんな危険箇所を走行したことも、事故要因の一つとして
カウントすることは可能で、屁理屈のようで屁理屈ではないんですなあ。

結局、そうであったとしても特段の規制がない限り、いつ何時でも、どんな目的であっても
走行を認められている・・という名目の方が勝っているためにカウントされないだけで、
事故抑止~回避という安全工学の中の「安全意識」という観点としては、
合格点とは言えない、と。

一方の「違反」。

速度超過もシートベルト未着用も「安全運転義務違反」であり、
文字通り“安全性を損なう運転”と解釈することに特段の問題はないと思う所。

しかし「事故」という観点で観ると、その時点で事故未達であるならば、
「無事故状態」なんですよね。しかも5年間事故を引き起こしていないとすれば尚更に。
だけど扱いとしては、「事故を起こす可能性を含んだ運転経歴があった」ことで
「安全運転者」としての認定をしない、と・・

見方を変えれば、警察側によくある主張になぞらえると「事故の未然防止措置」を
その運転者は享受・甘受したことになるわけなので、どうあれ事故前に抑制された状態にあると。

即ち、これが5年間継続され、尚且つ無事故状態であったなら、
事故というスポット的な観点ではある意味「優良の範疇で留まっている」・・。
「安全運転者」として認定することは困難だが、「無事故運転者」としてはその限りではないと。

そう考えていくと、個々に全ての運転環境を精査すれば、
“安全運転”と“事故”との間に関連性やリンクしている項目は複数あるものの、
総合的な優良運転者として鑑みた場合、本来「無事故」と「無違反」は
切り離して考えるべきものであって、セットであってよい場合とそうでない場合があるのに、
一緒くたになっているがために、「優良である」という定義が曖昧で焦点ボケになっている・・
その側面が個々の末端ドライバーや、広範な社会の認知に歪みを生じさせている、
そんな気がしてならないわけで。

他方、更新にあたっての考え方として・・。

あくまでも過去の累積や経歴として鑑みることであって、ゴールドは
「過去5年間は優良でした」ってことだけなんですよね。しかし実際は、
「過去が優良だったから、今も今後も優良だろう・・」という、無意識下での認識、
半常識的な認識や空気というのが醸成されるきらいがあると思うんですが・・。

しかし、これは現時点とこの先の安全運転資質を担保・保証するものでは全くないわけで、
あくまで履歴に過ぎず・・。逆を言えば、非優良免許であっても、違反や事故の経験値でもって
現在とこの先の安全意識が高まり運転に従事しているとするなら、
それは立派な「優良運転者」とも言えると。もっといえば「只今優良運転中」と(笑)。

どうも日本人ってのは、何につけ「過去の経歴・履歴」に執着する所があって、
そこにミソが付いておらず、何かの認定的な材料がないと評価しない、
評価出来ないという風習が強い国民性にあると思うわけですよ。

そんな風潮がこのゴールド制度にも宿っていて、そのことが安全と事故との因果関係、
関連性そのものを、部分的に歪めているような気がしてならないのであり。

その一端が、この康夫ちゃんによる素朴な疑問にも表れていると思うんですなあ。

で、実際じゃあどういう手法で、如何なる定義によってこの制度を改めるか・・
これは論理的にも物理的にも難しいことなのは言うまでもないけれど、
そんなことを諸々含めて、この制度のあり方が、内容がどういうものであるのがよいのか、
今一度考え直すべき時期に来ているように思えますねぇ。。